2019年の川崎フロンターレを印象だけで総括してみる

Jリーグの2020年シーズンがもうすぐ始まろうとしています。

「三連覇」という目標を掲げましたが、結果的はリーグ戦4位。

ルヴァンカップの頂に立つことはできましたが、2020年はてさてどうなることやら……といったところでしょうか。

色々あった2019年シーズンですが、今回は「戦略的・戦術的」とか「サポーター的」とかそういうことではなく、あくまで諸々の印象を文章にしていこうかなと。

 

といっても、フロンターレのなにが問題でなにが問題じゃなかったのか。そこの辺りを見極めるのは簡単じゃないような気がします。

複雑なので、どの角度から話を進めるかは迷うところですが、まず1シーズンを通して試合中に思ったこと「3バックとの相性の悪さ」からいきましょう。

 

【3バックとの相性の悪さ】

フロンターレのサッカーは『和式』と括られることが多く、今季はマリノスヴィッセルといった『洋式』と括られるクラブとの試合で印象の強い負け方を重ねました。

マリノスヴィッセルが洋式かは置いておいて)その負け方により、「和式フロンターレが洋式に弱い」というようなイメージを持たれていますが、個人的には「洋式」ではなく、「3バック」との相性が悪いと思うんですね。

だから、マリノスヴィッセルだけではなく、トリニータコンサドーレとの試合も良くなかった印象を持っています。勝ちはしたけど自分たちのやり方でやれていたのか? という意味ですね。

逆に言えば、首位決戦と謳われたFC東京戦なんかはベストゲームと言えるくらいの勝ち方でしたが、相手のフォーメーションはフラットな4-4-2でした。

これはデータから見て数字でも証明できるかもしれませんが、勝ってる試合もあるので微妙なデータになるはずです。

 

フロンターレのボール非保持のフォーメーションは4-4-2です。基本的には前の2枚が気持ちでボールへ突撃して、なんとかGKまでボールを戻させてゴールキックがラインを越えて自分たちのボールになる。または横に広げられたところをSHが刈り取る。そんなボール奪取のイメージがあります。ただ、これは相手のセンターバックが2枚で、ボランチも降りてこないときに限られてます。

相手が3バックで3枚でボールを運んでいるときは、自分たちは前に2枚しかいません。どちらのSHがいくかも曖昧なまま、どんどんボールを運ばれて、あわや失点。みたいなシーンは多かったような気がします。

だから今季のフロンターレを一言で表すなら、「配置でミスって、効率悪く攻めて、効率良く攻められる。そして、そのまま失点して、カウンターを受け続ける。質でなんとか出来ればいいけど、質も落ちてるのでボールは安定して回らない。選手を替えてもグダグダは続いて、最後はお決まりファイヤーフォーメーション。」

みたいな感じでした。まあ、一言ではありませんが。

そもそも優勝した2017年、2018年のフロンターレの特徴は「ショートカウンターによる得点機会の増加」と「困ったときはボール保持かセットプレー」であって。先制して逃げ切ることが最大の勝ちパターンだったと思います。

ボールを保持して綺麗に回すパスサッカーでの得点なんて、ほとんどはおまけみたいなもので、ほとんどはショートカウンターや困ったときの谷口彰吾(セットプレー)みたいな印象はあります。

だから、ショートカウンターをするためのボールをどこで奪うのかが整理されていない以上は、そりゃあ点も取れないなと。同じ勝ち方は3年も続かないんだなあ、と思いながら観ていました。

いつもの自分たちのサッカーを繰り出せない上に怪我人増加でスタメンを定着できず、感覚的に攻撃を繋げることもできませんでした。ただ、あくまでもそこは副産物的な要素で、いつもの勝ちパターンではなかった気もしています。

 

【誰を中心としたチームにするのか ~フロンターレ物語~】

大島僚太がチームの中心だ」「家長は機能してるのか」「ダミアンをもっとスタメンで使うべきだ」「悠はベンチスタートでいいんじゃないか」

色々な論調が生まれた2019年シーズンでした。まあ、すべてを纏めるとそれらの選手をオーガナイズできなかった監督に問題が……。みたいな話になるのでアレですが。

ここで言いたいのはピッチレベルでのチーム視点でも、サポーターが応援し続けているクラブ視点でも含めた話だとは思いますが、「誰がチームの中心になるのか?」という点です。

フロンターレを追いかけていると、結構この部分の問題が大きいんです。ピッチ内での影響力と、ピッチ外の影響力をどう見るか、みたいなことなんですが。

中村憲剛小林悠。この2人はまず影響力が高いです。憲剛はもちろんフロンターレの物語そのものみたいなところはありますし、悠はリーグ頂点まで引っ張ってくれた勝負強いキャプテンという印象もあります。そこに家長昭博まで加わってくると、「もう、多すぎるよ」って感じですね。

等々力へ行くと感じるのは、憲剛や悠の人気の強さです。2人への信頼度は高く、ベンチから途中で出場しようとするものなら「よ、待ってました」と言わんばかりの歓声が生まれます。同じような活躍をした選手がいたとしても、優勝に貢献した選手への信頼度はそれらの選手とは一線を画しているような気すらします。

彼らのスポーツ選手としての物語はフロンターレの物語と重なっている部分が多く、フロンターレの物語は今後も続きますが、彼らの物語がまだ最終章に入っていない。「世代交代」と言えばやや乱暴ですが、そういった、見続けてきた応援し続けてきたから来る問題は解消が容易ではないなと思ってしまいますね。

憲剛は自分の子供が自分が選手だと認識できるまでは続けたいと言っています。悠のその辺りは分かりませんが、2020年も得点王を狙いに行きたいと言っています。

フロンターレを優勝させる」という物語がずっと続いていました。10年くらいなんだかんだで続いていたと思います。それが2017年の初優勝で一区切りつくことができました。そして、その物語が終わったことで、次の物語が新しくスタートするわけですが、優勝への物語を導いてくれた選手が次の物語にどれだけ加担できるんだろうかと。

憲剛や悠を挙げたのは、彼らがフロンターレサポーターにとって影響力が強いというのもそうですが、彼らは前線の選手だからこそ、彼らのプレーそのものが得点や勝ち点に直結するからです。

そして、2人とも選手としてのパフォーマンスは下り坂を迎えようしている気がします。

ただ、じゃあとっとと放出したほうがいいのかと言われれば、生え抜きに甘いクラブ的にも、最初からずっと応援してきたサポーター的にも、心情は「フロンターレで最後を飾ってほしい」という願いが強いと思います。

長々と書いていて結論は出ないんですが(笑)、今までにはなかった「優勝した後の世界線」にいるんだなと実感するところでもあります。「選手との幸福な別れ方」ってなんなんだろう……そんなことを考えてしまいます。

ここは監督だけではなく、クラブやサポーターも共に考えなければいけばい部分なのかなと。

 

【鬼木フロンターレ

監督が叩かれることが多かった2019年シーズン。じゃあ鬼木さんのサッカーってどういうものなんだろう? と考える事も多かったです。

結局、今も「風間サッカー」の延長線上にいることは確かだと思います。鬼木さんは風間さんのサッカーの「整理」をしただけ、という言い方もできるはずです。撤退守備できないから即時奪回守備みたいな価値観は植え込みましたが、鬼木さんの目指すサッカーがそれだ! と胸を張って答えることもできません。鬼木さんの志向するサッカーはどんなものなのか?

2020シーズンを戦っていくにあたって新しいコーチが2人加わりましたが、ここの部分は要注目だなと思いました。鬼木さんの人心掌握や整える感じを、2人のコーチが戦術的な役回りでサポートすれば、2019年のような停滞感は薄まるのではないかという期待を持つこともできます。

 

個人的に今のフロンターレのサッカーは2017年から変わっている部分はほとんどなく、その鎧が年々、相手の対策も踏まえて削がれていってるような印象があります。

フォーメーションが変わらずに、メンバーがどんどん変わっていけば、自ずと勝ち点が増えないのも当然なのかなと。(だからいい加減、4-2-3-1以外も観たくなります)

2020シーズンがどうなるかは分かりませんが、引き続き見守っていきたいなと思います。